お墓参りのたびにお花が枯れていたら、なんだか申しわけない気持ちになり、胸が傷みますよね。かといって、毎日のようにお墓参りに行くことなんてできないですし、お花はいつかは枯れてしまうものです。そのようなことから「枯れることのない造花を供えればいいのでは」という考えが思いつきますし、事実、墓地に出かけるとたまに造花を見かけます。お墓に造花を供えてもいいものなのでしょうか。
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結論!造花を供えても大丈夫。この世にダメはない
造花を供えてはダメなのかという疑問に対して、私は「お供えしても大丈夫!」と答えます。
生花だといつか必ず枯れてしまいます。一方、人工でできた造花だと心がこもっていないような気がします。生花にも、造花にも、それぞれメリットやデメリットがあります。
造花をお供えすると、「魂のこもってないものをご先祖様にお供えするのか」「手抜きをしているようで気が引ける」という気持ちが湧いてくるのはよく理解できます。
しかし、造花をお供えするという行為自体に、お墓やご先祖様への想いが見え隠れしているわけです。それ自体はなんら否定されるべきものではないですよね。
誰だって、生の活きたお花をお供えできるに越したことはないと考えますし、本当はそうしてあげたい。でも、それができないし、それをするとお墓が汚れるからという理由で造花にするのです。その想いや気持ちは否定できないですよね。
実際にお寺でもお花を模した仏具を用いています。造花ではなく「常花」と呼ばれる者ですが、木製や金属でできたハスの花をかたどったものをお寺や仏壇の花立に立てておくのです。枯れずにずっとそこにあるから常花。これだってある意味造花です。
お花の管理が維持できないことの罪悪感
墓じまいを考えている人の多くは、お墓の掃除や管理を満足にできないことを気に病んでいます。しかし、そこまで神経質に考えなくていいようにも思えませんか?
お花が枯れてしまうのはある意味しかたのないこと。お墓と住まいが遠く離れているからこそ、頻繁にお参りに行けないのもまた、しかたのないことです。
しかし日本人はまじめですから、「常にきれいにしてなくちゃ」「頻繁にお参りに行かなくちゃ」と考えがちです。そのまじめさが日本人の良さであったりしますが、まだまだ長持ちできるお墓を処分してしまうのも、なんとももったいない話です。
加えて、墓じまいをするには、墓石の解体撤去にはとどまらない、多額な費用がかかります。実は墓じまいをするからこそ、費用の負担が増大するという側面もあります。
たまにのお参りでもいいですし、お花は造花でも構いません。罪悪感を抱える必要はないのですよ。
お供え物に敬意を込めて みんなで「墓守」していこう
造花と生花。大事なのはそこにこめる想いです。
「造花をあげておけば大丈夫」こうした想いで供えられた造花を、きっとご先祖様は寂しく思うのではないでしょうか。
「頻繁にお参りできないから、せめてその間だけは造花を供えさせてください」と供えられるのであれば、ご先祖様も喜んでくださるはずです。
お供え物に込められる敬意について、ぜひとも自分自身を問うてみてください。すると、1年に一度でも、2年に一度でも、お墓参りしようという気になるものです。造花でももちろん構いません。でも、行ける時だけでも構わないので、生花をお供えしてあげましょう。
その上で、「やっぱりお花がないのが寂しい」「お花が傷んでお墓が汚れるのが気になる」という方は、墓守の会にご相談ください。あなたのうしろめたさに寄り添って、墓守をサポートいたします。
あなたはお墓を自分ひとりで守っていかなければならないと思っていませんか? そんなことはありません。みんなで墓守をしていけばいいのです。頼る家族や友人がいなけば、私たち墓守の会にご相談ください。
みんなで墓守していく社会を、私たち墓守の会は目指していきます。